■ 「恋と恋するショートストーリー」 雪菜編 「教え上手」 ■

雪 菜
「大崎くん……貴方、前から馬鹿だとは思ってたけど、まさかここまでとは思わなかったわ」
 ガサゴソ、ガサ
和 哉
「ちょ、ちょっと舞原さん、なんで人の鞄、勝手に開けてるの?」
雪 菜
「ほら、やっぱり……とてもじゃないけど、人には見せられない点数ね」
和 哉
「悪かったな、見せられない点数で」
雪 菜
「これだけ人と違う答えが書けるなんて、いっそ清々しささえ感じてしまうわね。ちょっと座りなさい」
 グイッ
和 哉
「ちょ、ちょっと……」
雪 菜
「大崎くんは所詮、年中発情期のおサルさんよ。でもサルでもしっかり勉強すれば、人間に近づけるのよ」
雪 菜
「貴方が人間に近づく手伝い、してあげるわ。英語のノートと教科書、出しなさい」
和 哉
「分かったよ。これと……これかな」
雪 菜
「ちょっと貸しなさい、それ」
 カリカリ、カリカリカリ
和 哉
「人の教科書に何、勝手に書いてるのさ」
雪 菜
「どうせ英語なんて、教科書や辞書のエロ単語を見つけては、アンダーライン引いてニヤつくくらいしかしてないんでしょ」
和 哉
「○学生じゃないんだし、そんな事やらないって。それより……」
雪 菜
「……何?」
和 哉
「どうして俺の向かいに座り直したの?」
雪 菜
「別に、他意はないわ」
和 哉
「なんか、緊張するんですけど……」
雪 菜
「………………」
 カキカキ、カキ
雪 菜
「……で、人の教科書に何を書いているの?」
雪 菜
「明日の英語の、テスト対策よ。サルはサルなりに、小さい脳みそに叩き込みなさい」
和 哉
「ううっ、どうしてそんな事、やらなくちゃならいんだよ~」
雪 菜
「それはこの答案を見れば、わかりきってることじゃない。赤点おサルくん」
和 哉
「クッ……それを見せられると、何も言い返せない」
雪 菜
「明日の再テストで良い点取って、サルから人間にレベルUPする事ね。じゃあ始めるわよ。まず教科書の方は……」
和 哉
「……うん」
雪 菜
「ここは必ず出るから、要注意よ。それとここもね」
和 哉
「あ、ああ……って、そこも? その構文、苦手なんだよなぁ」
雪 菜
「集中力が散漫ね、大崎くん。言っていくけど、個人授業だからっていきなり私が『もっと他にイイコト教えてあ・げ・る』とか、そういうサービスをするつもりはないわよ」
和 哉
「それならやる気も出るんだけどなぁ……でもなんで俺、舞原さんの講義受けてるんだろ」
雪 菜
「何よ……迷惑かしら?」
和 哉
「いや、ありがたいというか、助かるけどさ、どういう風の吹き回しかと思って」
雪 菜
「よっ、余計なことは考えなくていいの。とにかくしっかり覚えなさいよ」
和 哉
「はいはい、明日のテストがヤバイのは確かだしな」
雪 菜
「じゃあ続きを始めるわよ。こことここは、絶対に覚えておいて」
和 哉
「ここと……ここ、だな」
雪 菜
「あと、ノートは……へぇ、一応は授業、受けているみたいね」
和 哉
「一応は余計だ。英語を適当にやると、家で双葉さ……双葉センセにボコられるからさ」
雪 菜
「全教科、双葉先生が教えていれば良かったわね、大崎くんには」
和 哉
「それだけは、勘弁して下さい」
雪 菜
「あと応用問題が出るとしたら、この辺りね。きっちり使い方を理解しておくように」
和 哉
「おお、すごいな舞原さん、どうしてわかるんだ」
雪 菜
「それはね……」
和 哉
「うん、うん」
雪 菜
「大崎くんに説明しても、わかるはずないわ。時間の無駄だからやめておくわ」
和 哉
「そんな事言わず、ちょっとくらい教えてよ」
雪 菜
「じゃあ大崎くんにもわかるように、超簡潔に言うわ。過去の出題傾向や先生の手癖などを覚えて、対策を立てる……それだけよ」
和 哉
「それだけって……あっさり言うけど、そんな簡単なものじゃないでしょ」
雪 菜
「データはウソをつかないのよ」
和 哉
「そんな、どっかのマンガじゃあるまいし……って、うわ、いつの間にそんなに書いたの」
雪 菜
「一つ一つ、ポイントを書き込んでいるのよ。私は全部、頭の中に入ってるけど、大崎くんにはこうやって補足しないとわからないから」
和 哉
「ああ、なるほど……」
雪 菜
「教科書にも色々書いておいたわ。しっかり読み直すのね」
和 哉
「すげー、なんか分かりやすいよ。ありがとう、今夜は徹夜で覚えるからさ」
 カキカキカキ、カキ
雪 菜
「………………はい、終わりよ」
和 哉
「ありが……ん、最後に書いたこれって?」
雪 菜
「……見ての、通りよ」
和 哉
「だってこれ……どう見ても、電話番号とアドレスだけど」
雪 菜
「ほら、双葉先生に恥をかかせる訳にもいかないでしょ……何かわからない事があれば、そこに連絡して」
和 哉
「そっか……ありがとう、舞原さん」
雪 菜
「そ、それじゃ、私……もう、行くわ」
和 哉
「あっ、舞原さん……早いな、出ていくの。でもなんか、顔が赤かったような……風邪でもひいたのかな」
 カツ、カツ、カツ、カツ、カツ……
雪 菜
「……はぁ~、双葉先生をダシに使ったけど……さすがに苦しかったかしら」
雪 菜
「でも、仕方ないわ。私が彼に何かしてあげられるとしたら、このくらいだし」
雪 菜
「自分の性格と口の悪さなんて、よーく知っているわ。そんな私ができる事はせいぜい、勉強を見てあげることくらいだし」
雪 菜
「家庭的な西原さんのように、世話を焼いたりなんてできるはずないわよね、この私に」
雪 菜
「仮に、手作り弁当を作ってきても………………絶対、渡せないわ。絶対無理」
雪 菜
「でも……もう、どうしてあんな事、言うのかしら」
『笑ったらもっと、綺麗だと思ってさ』
雪 菜
「き、綺麗……だ、なんて……そんな言葉、聞き飽きているのに」
『笑ったらもっと、綺麗だと思ってさ』
雪 菜
「彼に……大崎くんに言われると、なんだか……」
『笑ったらもっと、綺麗だと思ってさ』
雪 菜
「……何故よ、どうして何度も、大崎くんの言葉が頭を過ぎるのかしら」
 ピピッ、ピピピッ♪
雪 菜
「んっ、メール……知らないアドレス、もしかして大崎くん!?」
雪 菜
「どうしてこんなに、ドキドキしているのかしら、私。メールを見るだけじゃない、えーと……」
『初メールです。これからもよろしく』
雪 菜
「何よ、この個性の欠片もない文章は。でも、下に書いてある数字って……電話番号!?」
雪 菜
「何よ、もう……こんなメール、こんな……あぁん、なんでこんな短い一文と電話番号に、ドキドキしちゃうのかしら」


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